複雑形状を求め、今日も巷を彷徨う───。
複雑形状建築の設計支援を業務とする弊社の生産設計BIM部門には、いわゆるジオメトリエンジニアが多数在籍しています。
私たちは変わった形や複雑な形の建築物が大好物で、それらがどのように設計・製作・施工されるかを日々考え、議論しています。
そんな私たちが散歩中や旅行先で見つけた複雑形状建築物について、思ったことや気づいたことを気楽に綴る記事を、ジオメトリエンジニアたちで持ち回りで書いてみようと思います。
今回は東京駅八重洲口の目の前にあるYANMAR TOKYOのピロティ天井について書こうと思います。
形状の幾何学的な分析
八重洲口の正面にYANMAR TOKYOのビルがあり、その1階エントランス部分のピロティ天井がビビッドな赤色の曲面形状になっています。
見た感じ、曲げ加工した鋼管がルーバー状に集まって全体として複曲面を成しているように見えます。
「複曲面」とはざっくり言うと2方向に曲がっている曲面です。建築業界では「3次曲面」と誤用されてしまうことが多いですが。詳しくは弊ブログの記事で。
よく見てみると、下に凸の部分と上に凸の部分が入り混じる中々複雑な曲面であることがわかります。どのようなロジックでこの曲面形状のデザインサーフェス(基準となるジオメトリ)が作られているのか興味深いです。
全体的になめらかな曲率の曲面ですが、端部のほうでは一部カクッと急に曲がっているように見える部分もあります。そのような部分がある理由が、デザインサーフェスの形状そのままの意図的なものなのか、製作・施工精度の問題なのか、あるいは現場の諸事情で止むを得ずなのか、考えを巡らせてみるのも楽しいですね。
製作・施工面での分析
複曲面を構成する1本1本の鋼管をよく観察してみると、どうやら1方向にしか曲がっていない平面曲線を芯としているように見えます。資料を読んだわけではないので確証はないです。
建築部材は一般的に、面材は複曲面→単曲面→平面、線材は空間曲線→平面曲線→円弧→直線と、形状が単純になるほど製作・施工コストを抑えることができます。
このYANMAR TOKYOのピロティ天井も、単純な平面曲線の曲げ鋼管を用いることで製作・施工コストを抑えつつ、疑似的に複雑な複曲面を構成していると言えるのではないでしょうか。
製造・加工可能な部材長さ限度などの理由により鋼管が分割されている部分もありましたが、曲率が小さい部分を分割位置としていて目立っていませんでした。
Grasshopper組んでみた
適当な自由曲面を平面曲線を芯としたパイプで構成する形状を、いくつかのパラメーターを設定してGrasshopperで簡単に作ってみました。こちらのリンクからダウンロード可能です。
普段の業務ではここからさらに、分割位置の設定・円弧への近似・取付用金物の配置・製作用図面の作成・各部材の数量拾い、などなどの詳細な生産設計をGHで半自動化するようなことをしています。
社内ジオメトリエンジニアたちからのコメント
・外側ファサードがコーナーで上がるのに合わせて、曲面がお客さんを迎えるようにめくれあがっていますね。
・内側のガラスの上端と、外側ファサードの下端を滑らかにつないだ曲線になっているので3Dモデリングでの"Sweep"っぽい曲面の作り方だな、と思いました(Sweepは"レール"となる端の曲線に従って、その間の断面曲線を滑らかにつなぐ、という曲面の作り方です)。これを見ると、Sweepの前段階、レールと断面曲線をそのままリアルに立ち上げたようにも見えます。
・CADによる形の作り方や想像力が、現実の建築に立ち上がったように見えて、なかなか面白いな!と思いました。
おわりに
私たちは日々業務で様々な工法・スケールの複雑形状建築に関わっていますが、面白い内容も守秘義務の関係で中々表立って言うことができません。代わりに、街中で見かけた変わった形の建物を対象に普段社内で議論しているような内容を気楽に共有していければと考えています。
また、曲線・曲面形状の基礎知識に関しては弊ブログ記事で既に扱っているため、そちらも参考にして頂ければと思います。
・建築実務者なら知っておきたい幾何学のこと#1 「単曲面と複曲面」
・建築実務者なら知っておきたい幾何学のこと#2 「曲線の連続性」
・建築実務者なら知っておきたい幾何学のこと#3 「曲面の連続性」