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株式会社ヴィックの技術ブログです。

曲面形状座談会#3 イメージとしての曲面、CADの話など

去る2023/4/12にVICCで行った「曲面形状座談会」の模様を、3回に分けてお届けします。今回は3回目、最終回です。配信されなかったパートでの興味深い議論を、いくつか抜き出してご紹介します。前回までの参加者に加えて、VICCから壁谷、渡辺、吉岡が参加しています。

前回の記事はこちら(参加者紹介はこちらをご覧ください)。

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トータルでの設計・工事費の話

吉岡: 篠原さんに聞いてみたいことがあるんですが。設計と施工が分かれていると、設計にかけていいお金はこのくらいだよね、っていうのが何となく決まっていると思いますが、会社として一体化していると、設計の費用と工事の費用のバランスもある程度コントロールできるのでは?と思います。
そういう意味で、例えば設計、施工にそれぞれいくらかかったかとか、設計の工夫で工事費がどのくらい下がったか、みたいなことを分析されてはいるんでしょうか。

篠原: これまでの蓄積はあります。この規模でこの程度の複雑度合いだとこの費用感、みたいなのは社内で大まかなデータベースとして把握しています。新しいプロジェクトをやるときは、そういうものを参照したりしていますね。あとは設計の初期で、社内で導いた案に基づいて、仮にこんなような木の継ぎ手で施工するとした時の工費、材料費、人工を出してください!みたいなむちゃ振りをfabに依頼することはあります。そうすると早い段階からコスト感を理解した上で設計ができるなと。

吉岡: なるほど。VICCである意味理想としてるのは、例えば我々に1000万円払って依頼してもらえれば、工事全体のお金を1億下げられますよ、っていう状況なんです。ただうちはあくまでコンサルティングとモデリングをやってる会社で、工事そのものをやっていないので、その計算を直接にはできていない。お客さんが欲しいと言っているものを用意して喜んでもらったし、プロジェクトとしてもうまくいったと思うけど、それがお金としてどのくらいの利益になっているのか、ちゃんと理解ができていないっていう状況がよくあります。

渡辺: そう、なかなか我々が参加した効果が、金額面で実証できないんですよね。あとゼネコンさんだけでなく、設計事務所さんや専門工事業者さんのサポートをすることもあるけれど、それだといよいよわからない。工事に関わる人同士でのデータ連携がほとんどなされてないからです。VUILDさんはそれができそうだから、うらやましいなって思います。

篠原: そうですね… 設計チームもリソースが限られているので、純粋に意匠的な検討と、部品の製造方法やそれを踏まえた部品の形の検討が並行して進んでいて、どちらかをやっているとどちらかの検討が止まる、というような状況はやはり起きてしまいます。だからコスト面でのメリットを設計・施工の期間中常に追いかけられているか?というと、そうとばかりも言えない所はある。ただ、学芸大のプロジェクトでは、合理化を頑張ったら、形や見え方はそのまま、材料費が半額になった、ということがありました。それはお施主さんに凄く感謝されましたね。

渡辺: そういうインパクトが見えるのはとてもうれしいですね。そういうことができるとチームに一体感が生まれませんか。

篠原: すごいです。そういうときは設計部と製造部との飲み会が増えますね。

横浜大さん橋と、建築における曲面づくりの話

杉原: 曲面での施工でエポックメイキングなのは、実は横浜大さん橋だと思います。これは一応建築史に残る、当時世界最先端の建築だったはずだし、当時の日本の施工会社、技術者だからこそ建てられたものです。にもかかわらず、あんまり触れられてないのに違和感を感じます。

横浜大さん橋(ArchDaily https://www.archdaily.com/554132/ad-classics-yokohama-international-passenger-terminal-foreign-office-architects-foa より引用)

渡辺: 確かにそうですね、なんなんでしょうかね…

杉原: 以前スペインで学生向けにワークショップをやったら、参加者の学生の1人が「僕、横浜行ったんだ」って言って来たんです。「横浜のどこ行ったの」と聞いても「横浜」としか言わない。あの大さん橋の名前が「横浜」だと思ってたんです。横浜の街についてそのスペイン人の学生は何も知らなかったけど、あの建築は知ってた。そのくらいインパクトがあるものなはずなんですが…

www.archdaily.com

蒔苗: 改めて見てみると、これは直線の集まりでできているような感じを受けますね。

杉原: 断面が位置とともにどんどん変形していく感じの構成になってたと思います。コンペ案は曲面だったはず。設計者(FOA)も断面ごとに設計をするような人じゃないので、一気に一枚のサーフェスと対応するトポロジーを考えて作ったのが、コンペ案だと思います。

https://www.archdaily.com/554132/ad-classics-yokohama-international-passenger-terminal-foreign-office-architects-foa

石原: これを見ていると、「曲面を実現した」っていうのは何をもって達成されるのか、っていう話があると思います。折れ線で作っても曲面に見えるんだったら、それは十分に曲面を実現した設計と言えるんじゃないか。曲線はなんら存在しないけど曲面が作られていますよね。

横浜大さん橋 断面のイメージ (ArchDaily https://www.archdaily.com/554132/ad-classics-yokohama-international-passenger-terminal-foreign-office-architects-foa より引用)

蒔苗: これは曲面は実現されてると言えるのかどうか。

石原: 逆のたとえ話をすると、最先端の加工機で、ひとつひとつのパーツをきれいな曲面で作ったとしますよね。その場合、パーツ毎に見ると完璧にCAD上の曲面をフォローしたものになっている。でも、もし取り付けのときに、パーツ同士の間に折れ線が発生するような配置や取り付け方をすると、それって実は設計とずれてくる、当初想定していた見え方じゃなくなってしまいますよね。
大さん橋の方は逆で、パーツ毎に見ると直線なんだけど、全体として見たときに何となく作ろうとした曲面に見える。だからよくよく考えると、実は曲面を実現するためには、曲面を作らないっていうのもあり得る。

蒔苗: 面白い逆説ですね。イメージされた曲面を実現するために、物理的な曲面を作らないわけですね。

石原: そう、イメージしたものと現実にできるモノの知覚を近づけるためには、モノのほうをコントロールしやすくしておくことのほうがもしかしたら重要かもしれない。そのためには多角形に近似したほうがいいこともあると思うんです。

篠原: 僕の今日のZoom背景ですが、こういう音楽スタジオを以前設計しました。音響設計の方から「とにかくぐにゃぐにゃしてると室内音響として適切なんだ」というようなことを言われて、ぐにゃぐにゃっていうことは曲面だろう、みたいに考えて、全体が曲面に見えるようなインテリアの設計を進めました。ただこれ、全部のパーツが平面、板でできているんです。今の石原さんの内容と合致するなと。

Acoustic Room (Vuild Architects https://architects.vuild.co.jp/works/acoustic-room/ より引用)

Acoustic Room – VUILD ARCHITECTS

蒔苗: 確かに、この写真の細かいパーツを見ると曲面ではないですね。だからモノとして見ると「これは曲面ではない、平面の組み合わせだね」と言うことはできてしまうんだけど、それは違う気がしますね。これはイメージとしての曲面が実現できていると感じます。

押山: 僕はもともと曲面の建築が好きなのですが、ある時期から、プロダクトと建築の違いを凄く感じるようになりました。プロダクトだと物理的な曲面じゃないと、曲面だとは感じられない。それは触ったり手に取って眺められたりする、身体的な距離の近さが大きな理由だと思います。他に車や飛行機だと、風の抵抗を軽減したり、すきま風を避けたりという製品としての要求のために、曲面に高い精度が求められます。ただ建築をそのような精度で造って意味があるのかというと…

林: 曲面の切り替わりで目地をずらしたり、ライティングを工夫したりで解決できちゃうところもありますよね。その意味で、プロダクトレベルの曲面の処理の連続性の解決と、建築レベルの大きさでの連続性の解決、「曲面らしさ」の維持っていうのはやり方がそれぞれ違う。

設計事務所内でのチームの話

杉原: その意味では、ザハがやりたかったのはプロダクトに近い精度で建築を作ることだったんだろうと思ってます。遠近法を使って空間をゆがめて、時間の経過や空間の近くを変えたい、的なことを考えていた人なので、そのためにはプロダクトに近いような、ほんとにゆがんだ形で建物を作る必要があった。だから逆に目地割り等は、少なくとも初期にはあまり考えていないような感じがしていました。

壁谷: でもZHAの建築は、ある時期から目地割りがすごく肝なのかな、という感じがするようになったと思います。最近の建築とかすごくきれいに形に沿った目地割りで、すごいなって思ってたんですよね。

Changsha Meixihu International Culture & Arts Centre (Zaha Hadid Architects https://www.zaha-hadid.com/architecture/changsha-meixihu-international-culture-art-centre/ より引用)

林: この割り付けとかも、曲面の流れにかなり沿ってますよね。

杉原: あんまりMayaのメッシュっぽくない、NURBSっぽい感じがします。ちゃんとエッジとコーナーが存在してる。

蒔苗: 目地割とかをちゃんと意匠的な意図でやりきってるのを見ると、その事務所の技術力を感じますね。ZHAでもノーマン・フォスターの事務所でも、最近だとヘザウィックのところもだと思うんですけど、技術チームみたいなものをちゃんと持っていますよね。

押山: 彼らは結構自前で持ちますよね。例えば環境系のシミュレーションするチームも別動隊でいて、チーム内でも環境設計やシミュレーションで分かれてる状況があるようです。

蒔苗: 日本って組織設計でも、そういう形状の合理化とか、環境系のシミュレーションや設計のチームを、独立して持っている事務所ってあんまりないですよね。アトリエ系だと特に、それぞれのスタッフの個人技でやっているところがあるなと。

林: 伊東事務所もその傾向はあります。一人一人が独立した建築家みたいなところがあるので、それはそれで面白い面はあると思います。ですが、形状合理化や環境シミュレーションのレベルでは、ZHAなどには勝てないですよね。

渡辺: 直接見たことがあるわけではないですが、ZHAのチームは、専門家集団の集まり、シンクタンクっぽい雰囲気なのかな?という印象があります。フォスターのところもそんな感じですよね、スペシャリストの集まりと言った印象。

杉原: ヨーロッパでもアメリカでも、そういうチームを持っているかどうかは事務所次第ですよね。
フォスターの事務所には、すごい昔からコンピュテーション部門みたいなものはあったようです。その部門はGrasshopperとか、パラメトリックデザインという言葉がなかったような頃から、自社内のコンピュテーションのような、BIMのようなことをしていた。現在でもそういう蓄積は残ってるんじゃないかな?と想像しています。
他に有名な所だとフランク・ゲーリーの事務所ですが、彼もコンピュータが大好きだったわけではなくて、むしろディスプレイを見るのが嫌いでしょうがない人だ、と聞いたことがあります(笑)。ただ、建てたいものをなんとか建てるために、MITの先生やCATIAの人に色々聞いたり、時にはケンカしたりしてたらしい。それがビルバオが建つような時代を導いたと言えるかもしれません。

CADの話

杉原: ゲーリー・テクノロジーズも一度体制が変わりましたよね。それまではデジタルプロジェクト(DP)っていう改造CATIAを、開発して自社で販売して、そのコンサルもやってたわけです。でもダッソー・システムズ(CATIAの開発元)が、建設業界への販売に進出してきて、DPが出来なくなってしまった。それと同時に、DPを使うような難度の高いプロジェクトもなくなってしまって、結構人が離れたわけです。

押山: そもそもCATIAって、工業製品を作るためのCADなので、パーツ一個のデータをエクスポートするのにいくら、というお金の取り方をしていると聞いたことがあります。それだとあまり建設業界になじみがよくないので、DPみたいなものが一度普及したのもわかる気がしますね。

en.wikipedia.org


押山: CADの機能の話で言うと、「履歴を持つ」機能があると思います。例えばソリッドワークスにあるヒストリー機能が典型です。これが結局いいのか悪いのか、という論争がずっとあると思いますが、杉原さんはどう考えていますか。

www.cadjapan.com

杉原: 僕は自分の仕事では、どのソフトウェアのときもすごい低レベルな(編注: GUIとは離れた、スクリプトを直接操作するような)操作をしています。コードのレベルで操作して一発でジオメトリを出す、ということがしたいので、ヒストリー機能みたいなものはあまり使いたくないですね。

蒔苗: 凄すぎる(笑)

押山: プロダクト系のソフトウェアは、例えばFusion360などもそうですが、だいたいヒストリー機能を持っていますよね。ただ、それは建築の設計事務所には使いこなすのがあまりにも難しい気がしています。履歴をさかのぼって修正するよりも、図面のこの辺をちょっとだけ修正した方がいいんだよね、という所がある。だからなのか、Rhinocerosはヒストリー機能をなくしましたよね。

杉原: もともとはユーザーインターフェースの「デザイン・バイ・デモンストレーション」という考え方からきているものですね。コードが書けない人でも、実際にモデリングをすることによってコードを生成できます、という考え方。さかのぼって修正をするときに便利なこともあるかもしれませんが、基本的にロジックでがちがちになってしまって使いづらい、あまりいい形にはなっていない印象があります。

押山: 形の履歴っていうものを、コードを書かない人はあまり理解出来ないんだろうな、という感じがします。後々物体として作るときには凄く大事になってくる、細部にまで影響し得るものなんですけど、その感覚が薄いのかなと。

蒔苗: Grasshopperって、それを部分的にリバイバルしたようなものということになりますか?

押山: まさにそうで、Grasshopperの初めのバージョンのものが”Explicit History”という名前だったと思います。

www.grasshopper3d.com

押山: そうやって「外部化された履歴」になっているくらいがちょうどよくて、ヒストリーが必須のCADはやっぱりなくなっちゃうんじゃないかな?と個人的には思ってますね。

BIMとAIの話

押山: あとBIMのうまみって、結構難しくないですか?

林: 設計者にはメリットを感じづらい部分もあると思います。

蒔苗: ゼネコンのような、ある程度設計ができたものを建つようにマネジメントしていくっていう立場だったら、BIMを使ううまみがあるんじゃないかなと。そもそもゼロから案を作る設計者には、たしかにあんまりない感じが…

押山: そうですね、VICCさんとか僕らのように、プロジェクトをジオメトリ的に整理して生産・施工につなげなきゃいけない、生産設計的なフローでは、確かに意味があるなと思います。ただ、BIMっていう概念は、「発注者が得をするためのものなんだ」というように語られがちじゃないですか。ほんとにそうなのかな?って思うときがあるんですよね。エクセルとパースで十分なんじゃないか?みたいな。
敢えて考えてみると、建物を改修するときに壁の中がどんなふうに作られているか分からない、みたいなケースだと、3Dでの情報が役に立つかもしれません。でもそれも、作ってる最中の現場の写真を撮っておいて、ちゃんとアーカイブすればいいだけの話かも。オーナーはRevitの扱い方なんて知らないし…

蒔苗: COBieみたいな規格で、情報をオーナー、ビル管理者に「ダウングレード」する考え方はありますが、押山さんが言っているのは3D情報とその他属性情報がくっついた、いわゆる「BIMの情報」が施主に与えるメリットって、改めて考えてみると何だろう?ということですよね。

杉原: BIMの中の属性情報って、種類があるとか、数値じゃない情報ですよね。これでコンピュテーションを回している試みがあるんです。最適化、アルゴリズムをこれで走らせたり。
すごい理論的な話なんですけど、去年の建築情報学会WEEKのラウンドテーブルで僕がやったのは、コンピュテーションの連続性と離散性っていう話。今までやってる全てのコンピュータ・テクノロジーで使われてるのはほぼ連続の数値。数値だけを扱ってるんですが、そうじゃない情報、離散的な情報も世の中にはあります。例えば属性なり言語なりですね。パターンランゲージなんかも数値じゃない情報です。こういうものをどうやって計算するのか。

ais-j.org

蒔苗: 非数値情報ということだと無限にあるんじゃないか、そもそもそういうものを「計算」するってなんだ、という感じがしますね。

杉原: そして、コンピューターサイエンス、特にAIの歴史では、離散的なものの扱いを頑張って大失敗した歴史がある。今成功しているディープラーニング、ニューラルネットワークは数値を扱うものです。画像同士の補間だって言語と言語のベクトルでやってるから、全部数値、連続性の扱いに還元できる。
離散的なものを扱って失敗したのは、例えばエキスパートシステムです。あれはひたすらクイズ的な知識とルールを蓄積しているやつだから、数値じゃないんですね。連続性の数値を扱うんじゃない、離散的な非数値情報を扱うコンピューテーションの世界が一応ある。これは、昔大失敗したけど、これから来るかもしれない技術。そうすると、そういう属性情報、非数値情報が大きな意味を持つ可能性があり得る。だからBIMの属性情報は使えないものじゃなくて、これから凄く効果的に使える技術が出てくるかも、という期待はあります。

蒔苗: うーん、その時にどんな使い方があり得るんでしょうかね…

杉原: 今の連続的なAIでも、例えば今現存しているプロジェクト、もしくはもう建ってる建物を全部BIM化して、かなり忠実に全ての属性を記述して、それを全てニューラルネットに突っ込んだら、何かしら説得力ある、建築っぽいものが出せると思います。

蒔苗: 属性情報含めたBIMデータが、機械学習の元データとして役立つ道はありますね。

杉原: でも本当はもっと先があるんだろうなと思ってます。遠いとは思うんだけど。

 

 

以上で曲面形状座談会の模様でした。改めて文字になった議論を読んでみると、意匠論から生産設計、コストの話にまでまたがった、あまり見かけないタイプの議論になったのではないかと思います。今後も複雑形状の製作・施工についてはマニアックな議論を深めていきたいと考えています。

出席いただいた皆様、この座談会のきっかけを作っていただいた建築情報学会の皆様には改めて感謝したいと思います。また、座談会の文字起こしには林さんのご協力を頂きました。ありがとうございました。