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株式会社ヴィックの技術ブログです。

曲面形状座談会#1 設計・施工の制約とコミュニケーション

去る2023/4/12にVICCで行った「曲面形状座談会」の模様を、何回かに分けてお届けします。今回は1回目です。

参加者

押山玲央さん:株式会社白矩主宰。2014年東洋大学理工学部建築学科を卒業後、 2018年まで株式会社Applicraftに勤務。Rhinoceros, Grasshopperによる曲面作成やデータ管理のスキルを用いて、数々の建築・インテリアの設計・製作補助を行う。東洋大学非常勤講師。

篠原岳さん:VUILD株式会社所属。2021年早稲田大学建築学科を卒業後、VUILD株式会社にてカヤックパークオフィス、「学ぶ、学び舎」等のプロジェクトを担当。芝浦工業大学非常勤講師。

杉原聡さん:コンピュテーショナル・デザイン事務所ATLV代表。2006年にUCLA建築修士を修了後、2012年までMorphosis Architectsにてコンピュテーショナル・デザイナーとして勤務し、エマーソン大学LA校等でファサード・デザインに従事。 ACADIA査読委員、CAAD Futures査読委員、建築情報学会国際活動委員長。

林盛さん:HUNE Architects 共同代表。2010年東京大学建築学専攻修士課程修了後、2022年まで株式会社伊東豊雄建築設計事務所に勤務し、川口市めぐりの森等のプロジェクトを担当。博士(工学)、東京大学建築学専攻特任助教。 

VICCより

石原隆裕:VICCにて複雑形状の生産設計支援業務に従事。シンテグレートにてところざわサクラタウンの生産設計支援を担当。

蒔苗寒太郎:VICCにて複雑形状の生産設計支援業務に従事。当ブログ編集としてこの会のモデレーターを担当。

 

開会の経緯

蒔苗: まず初めにこの会を行う経緯について簡単にお話をしたいと思います。3月7日に、建築情報学会の年次大会ラウンド・テーブル・セッションにおいて、VUILDの篠原さんがモデレーターとなって「曲面形状を実現させるための設計」というオンライン・セッションが開かれました。

そこで見えた議題が多岐にわたり、話しきれなかった所も多かったので、出席していた弊社石原の方から2回目の開催を提案し、今日の開催につながった次第です。

今回話されたトピックに継続して興味を持たれている方は、ぜひこの会のきっかけとなった建築情報学会へ入会を頂ければと思います。

篠原さんより「学ぶ、学び舎」の制約条件

蒔苗: はじめにVUILD篠原さん、前回の会のモデレーターから、VUILDの「学ぶ、学び舎」という学芸大のプロジェクトについて、改めてお話をお伺いできますか。

篠原さんスライドタイトル 背景が「学ぶ、学び舎」プロジェクト施工写真

篠原さんスライドより

蒔苗: この建築はすごく複雑な形状で、ぱっと見、制約なんか何もないんじゃないかというふうに見えてしまいます。ですがこれを実現させるため、施工、製作するためには、当然何らかの制約があったはずです。それは何だったのでしょうか。

篠原: このプロジェクトは、学芸大学の教育施設を作るものです。中にイタリアのBiesseっていう5軸CNCルータ(木材の切削機械)を置き、学生が自由にモノづくりを学べる場を作ろうとしています。構成としては、まず型枠として複雑な曲面になっている木のパネルをくみ上げます。その上にコンクリートを打設して曲面屋根を造っています。

篠原さんスライドより

篠原さんスライドより

蒔苗: 写真を見ると、まず木で梁を作るところから始めていますね。その後、間を埋めるように木パネルをかけ渡し、鉄筋を全体に配置し、最後にコンクリートを打設するという順番でしょうか。

篠原: そうですね。VUILDではShopBot、Biesse等の工作機械を使ったプレカット業を行っています。それらの機械で曲面形状を作ろう、という目標がプロジェクトの初期段階からありました。ですので、全体の曲面の形状から型枠の設計までを、Biesse(5軸CNC)が加工できる範囲におさめるということが大きな制約条件でした。あと輸送可能性や、木材の元板サイズなども制約条件になっていました。

蒔苗: 製作サイズの限界は、Biesseに入るかどうかで決まっていたのでしょうか。

篠原: そうですね。加工範囲が、幅、奥行きは1400~5000mmぐらいなのですが、厚さ方向だと250mmぐらいしかありませんでした。曲面をその厚さの中で何とか分割して作らないといけませんでしたし、型枠としてRCのスラブを支えるためにパネル自体の厚さも確保する必要があったんです。それも考慮すると250mmというのは結構厳しい数値で、設計上も難しかったです。

石原: 今回、揚重とかはあまりクリティカルじゃなかったですか。部材をクレーンでつって組み立てる時に、吊れる重さや、部材の向きを変えられるかどうかも、敷地の狭い都心の物件だと問題になりやすい印象があります。

篠原: その点はあまり問題になりませんでした。この建築が割とだだっ広い敷地の真ん中に立っている感じだったので、クレーンでの扱いはしやすかったのかもしれません。

蒔苗: ではやはり、製作機械の制約、加工するパーツの厚さ方向の大きさが、今回のプロジェクトでは一番大きかったのですね。

篠原: そうですね。

林さんより「川口市めぐりの森」の制約条件

蒔苗: RC造の曲面建築だと、林さんが伊東豊雄事務所で担当された「川口市めぐりの森」というプロジェクトがあります。真ん中の四角形のボリュームを取り囲むように、RCの自由曲面が波打っている建築です。林さんに伺いたいのですが、これを造るときの一番大きい制約条件はなんだったのでしょうか。

川口市めぐりの森(ウェブサイト http://www.kawaguchishi-megurinomori.jp/)より引用

林: この自由曲面の形状は、構造設計者(佐々木睦朗氏)のサポートを借りて、構造最適化の手法を使って設計しています。シェルの厚みが200ミリに収まるようにして、主要な部分の曲面高さを調整した後に、構造最適化を行って形を決めていました。

川口市めぐりの森 曲面形状と構造の概要*1

林: 一方で、型枠の形状・それに伴うコストは全く最適化されてない状態で、専門工事会社、型枠会社で計画・施工がされました。彼らはまず曲面の曲率分布を分析し、曲率が大きいところについては、現場で作ることはできないので、工場でユニット化して作って持ってくることになりました。

川口市めぐりの森 ユニット型枠モデル

林: こういうくし型にして、それに薄いベニヤの板を何枚も重ねて張って作っています。その他、曲率が大きくない大部分については、合板をCNCで切り出して作った梁を並べて、その上4mの長物の杉板を4枚重ねて、最後、せき板を隙間なく並べて作っていました。

川口市めぐりの森 曲面型枠の構成

林: この建築を作るときの一番の制約条件は、やはり型枠製作とそのコストだったと思います。型枠屋さんの方で、曲率がキツいところは工場製作、緩い勾配の所は現場で組み立てて安価に済ませるという調整を行いつつ作ったのが実情だと思います。

蒔苗: 型枠屋さんとの間で、やりとりは結構ありましたか?例えばコストが高いから形を変えてくれ!というような。

林: 構造計算をして確認申請を出してるので、大枠の形は変えられないんです。ただ、構造体の施工誤差として認められる範囲内であれば滑らかにしていいとは考えていました。また、設計側で作ったモデルは製作レベルの詳細なものではありませんでしたので、施工段階で生産設計という形で改めてモデルが作られていました。そこで微小に形を調整する作業は発生していましたね。

蒔苗: この型枠業者さんですが、3DCADが使えるような、曲面に関するリテラシーがある方を選定されたのでしょうか。

林: はい、そうですね。そういうところは日本にたくさんはないと思うんですけども、たまたま昔からRhinocerosを使われている株式会社キヤマという会社があって、そこが型枠設計のマネジメントをされていました。製作はまた別に、Rhinocerosを使える曲面型枠の工場に依頼して作りました。

蒔苗: なるほど。篠原さんに伺ってみたいのは、学芸大のプロジェクトで、VUILDさんは施工者を兼ねていた部分があったと思います。いわゆる設計と施工の作業の間でのやり取り・調整は頻繁に行われていましたか?

篠原: ありましたね。形の検討過程では全体を1枚のサーフェスで表現していましたが、試しにそれを分割して、加工範囲に収まるかどうか見てみることは初めの頃からしていました。

蒔苗: 製作が難しいからちょっと形を直そう、みたいなことも結構されていたと。

篠原: そうです。そして同時に、構造設計者にモデルを解析してもらって形状を変えたりとかも発生していました。

蒔苗: 構造設計面での検討と、生産設計面での検討が同時に走っていたということなんですね。施工者、設計者の役割分担という点で見ると、林さん、篠原さんそれぞれが関わったプロジェクトの特徴が見えたように思います。

林さんの方はまず設計者がいて、施工者の方に生産設計という形で、形の調整を依頼していた。現在の通常の建築設計・施工のプロセスはこちらだと思います。対して篠原さんの方では多少、設計と施工の間での往復があった。加工機を持っていて型枠の製作も自ら行う体制なので、比較的初期の段階から製作・施工面での検討も並行していたと言えそうですね。

設計者・施工者のやり取り:設計者からの現物支給はNG?

蒔苗: では、ここからは契約関係、設計・施工のチーム体制の話をしていこうと思います。曲面形状を作るときには、特殊な製作機械や施工方法だけでなく、特殊な設計・施工の体制も必要になる場合があるように思います。今お話に出たVUILDの施工体制等はまさにその一つではないかなと。

そして、杉原さんが以前Archifutureに書かれたコラムでは、設計段階から参加し、最後に製作図まで書き出しているプロジェクトが見受けられます。杉原さんは基本的に、どのプロジェクトにも設計者、もしくはそのサポート役としてと関わられていると思うんですが、これまで施工者の立場でプロジェクトに参加されたことはありますか?

杉原: いえ、ないですね。ほとんどの場合は設計者のコンサルティングで、設計者から参考として施工者に情報を渡しています。そこは法的責任を持たないようにしているんですね。

蒔苗: なるほど。VUILDさんの今回のプロジェクトの場合は、設計者、施工者どちらの立場として参加されたんでしょうか?

篠原: 設計者で、設計者支給で型枠を提供するという形でした。

蒔苗: そのような体制だと型枠を支給したときに、施工者さんにできないと言われるリスクがあるのではと思います。このプロジェクトの場合は、割と穏やかに受け入れていただいたのですか?それとも何か交渉をされたのでしょうか。

篠原: やはり理解のある施工者さんに入ってもらったこともありますが、途中途中で原寸大のモックアップを製作したこともよかったと思います。実際に使う材料で本番と同じ加工で作ってみて、関係業者さん全員に集まっていただいて、これで大丈夫かどうか話し合いをしました。それが理解を得る助けになったと感じています。

篠原さんスライドより モックアップ製作の様子

石原: 契約をする前にモックアップで信用を積み重ねた、ということなんですね。モックアップをそのように使っているところはあまりないような気がします。

押山: さっき蒔苗さんが「リスクがある」と言ったことについて少し補足すると、日本では一般的に、施工者が設計者から材料を支給されることを嫌がるんですよ。なぜかというと、支給されたもので作って、それで何か問題が起きたときに、どっちが責任を取るかっていう話になりやすいからなんですね。そういう中でVUILDさんは型枠を支給してると聞いて、結構すごいな、すごい契約結んだな、と思っています。

石原: あと、型枠を現物として支給するのと、製作図で支給することの間には大きな違いがあると思います。

例えば、建築の設計データが存在して、3Dモデルで形状が分かっているとします。それを作るときには幾何学的に展開したりして、小さなパーツに分かれたデータ、例えば個別の型枠図を作りますよね。それらはコンピュータ上でやっているので、数学的には正しいはずです。

ただそれを使って製作するときが問題です。実は多くの場合、製作、組み立て、施工の時に、何かしらの物性を考慮する必要があります。例えば溶接なら溶接代とか、曲げる加工であれば曲げ代とかを考慮して、ちょっとだけその部分を伸ばしたり、あるいは少しだけ小さめに作っておく、みたいな工夫をしないといけない。こういう工夫は必ず材料ごとにあります。

仮に、数学的に正しい製作図を契約図として出されちゃうと、その位置付けが難しい。契約図である以上、その通りに製作しなきゃいけないんだけど、そのまま作ると組み立てたときには建築として作らなきゃいけない形にならない、ということが起き得るわけですね。

一般的な設計・施工契約のように、契約図書は全体像としておいて、個別のパーツは施工側で作るとしておくと、施工者内部で工夫する余地、調整代を持てるじゃないですか。それがないと、契約図書を無視しないと契約物ができないっていう、ダブルバインドに陥り得る。それが製作図支給を施工者が嫌がる理由の一つだと思います。

対して、型枠として物を支給する場合は、それが設計者からの意図の表示、それを含めて作ってくれというように、幅を持たせて取れるんじゃないかなと。

杉原: Mophosisでは物を渡したことはなくて、渡すとしても3Dデータぐらいでした。やはり契約対象は図面であって、全てのデータは3Dも含めすべて参照という位置づけでした。使うか使わないかは向こう次第だし、どうやって使うかも向こうの責任だっていう形にしていました。

石原: 施工者も技術がありさえすれば、3Dモデルをもらったら絶対使うんですけどね。

押山: そういう場合、施工者は、設計者が大事にしている基準を理解したり、事前に問題を把握するために使っているんだと思います。僕らは施工図は書けないけど、3Dモデルという形で施工図のガイドラインは示せる。3Dモデルがない状態だと、そのガイドラインすら曖昧です。そういう状態で制作に移るのは怖いと思います。

林: 川口のときも、我々から専門工事会社に渡したモデルは非常にシンプルで、1枚の曲面だけなんですよね。厚みもなし、柱もなしの状態で渡しました。柱については、別にモデリングのための仕様書みたいなのを渡していました。

川口市めぐりの森 (左)実施設計図書による形状定義とスムージング (右)ベースモデルによるスタッド収まりの検討

林: 設計者が図面を細かく描くほど、モデルを細かく作るほど、そこからずれることのリスクが大きくなることがあります。設計者がもっと細かく決めないといけない、みたいな意見をときどき見ますが、そのようなリスクを考えると、必ずしもそうとは言えないのではないかと思います。

特に日本だと、モノや素材に関するノウハウを専門工事会社のほうが持っている場合が多いですよね。そういう知識に応じてうまく情報作成や責任を分担できる仕組みができるといいのかなと、最近は思ってます。

杉原: 今、話しているのは契約的な問題と、あとは業界の中でのやりとりの問題ですよね。ただ、デジタルテクノロジーが理論的に理想とするものは、業者ごとの手癖なりやり方なり、彼らが使う独自のツールなり、それらを踏まえて設計し直せることだと思います。それを可能にするのがデジタルツールですよね。

実際、Mophosisのエマーソン・カレッジで、アルミパネルを曲げたファサードを作りましたが、あれも施工時に設計をやり直してるんですよね。そういうノウハウをもとにした設計のやり直しや、やり取りをできるようになっていけたらいいし、その仕組みづくりはいまだに課題なんだろうなと思います。

エマーソン・カレッジでのアルミパネル設計・施工

www.archdaily.com

蒔苗: ここでせっかくなのでエマーソン・カレッジの画像を参照しようと思います。大きなフレームの中に、チューブ型のボリュームがある構成の建築ですが、意匠的要素として華やかなのがフレーム内側のスクリーンの所でしょうか。様々に形の異なるアルミパネルによって、連続的なパターンが生み出されています。こちらの担当が杉原さんだったということですよね。先ほどのお話だと、このアルミパネルの形が、設計段階では違うものだったということでしょうか。

エマーソン・カレッジ 中庭ファサード(建築設計: Morphosis 中庭ファサード 設計: 杉原聡 撮影: 渡辺太陽)

杉原: パネルをいっぱい付けてデザインしよう、3次元的に派手にしたい、という方針は決まっていました。そしてどうにか安く作りたいとも思っていました。作業していて、多分薄い板を使えば安くなるだろうと。でも薄いとへなへなだから、エッジを折り曲げて板金みたいな感じでやったら安く作れるんじゃないか、という検討をずっと設計事務所内でしていました。

エマーソン大学ロサンゼルス校中庭ファサードのユニット

杉原: でも実際に業者が決まったら、そうやって折る方が高いって言われちゃった。そして、折り曲げ数が少なかったら安い、多少厚くても値段は変わらない、CNCを使うから切るパターンはどんな形でもOK、1人で運べたら安い、という条件が打ち合わせでわかったので、それを最適化するほうにした。実は折り曲げ機は手動なんです。コンピュータ制御じゃなくて。

蒔苗: 手動なんですね!

杉原: だから、折り曲げ機まで1人で持っていきたいし、折り曲げ角度の調整も、回転する大きなプレスマシンみたいなのを使って、人が合わせてガチャンってやる。こういう作業が2人になると2人分の人件費になっちゃう、それは高い、とわかった。そこで、それらの条件に合わせた作り方を考えたわけです。

蒔苗: 1人で金属板の取り回しができて、1人でプレスマシンに入れられて、1人で取り出せる。「1人でできること」が制約条件だったわけですね。

杉原: そして板をカットする工程のコストは、そのマシンの使用時間で決まるって言われました。だから、1本のカットラインで2個パネルが切れれば半分の値段になるな、と考えて、L字で嚙み合わさったようなカットパターンを考えました。全体が4×8フィートにぴったり入るようになってるから、エッジも切らなくていいわけです。

蒔苗: これは何年ぐらい前のお仕事でしたか?

杉原: 建ったのが2014年頃なので、そこからさらに5年前、2009年ぐらいにデザインしてたと思います。

蒔苗: なるほど。こういう金属板の加工技術について、何かその後の進歩などご存じですか?

杉原: 研究レベルはともかく、現場レベルではそんなに進歩していない気がします。これを施工してもらったのはフランク・ゲーリーの作品をアメリカでほぼ全部やってる、Zahner Companyってところなんです。その頃からロボットはがんがん入れてる会社で、現在でも基本はそんなに変わってないと思います。

今後期待したいのは例えば、金属の曲面曲げ。これはあまり建設現場で見たことないですよね。もしくは複数のパーツを組む、溶接していくこと。これも研究では見たことあるけど現場では見たことないです。それらの進歩が期待できるのかなと思います。

蒔苗: 例えば東大門デザインプラザでは、パンチングメタルを自由に形状をいじれる型枠に載っけて曲げていたと思います。それは技術の進歩が取り入れられた成果だという感じがしますね。

杉原: SHoP Architectsのブルックリンのスタジアムも、施工会社がベンチャー企業で、あのプロジェクトのためのパネルの製作方法から開発したと聞いています。

設計者が施工に食い込む試み

杉原: SHoP Architectsは初期からずっと、デジタルによるデザイン・建築の統合を考えていた事務所です。最初からいわゆる意匠設計だけでなく、構造設計、環境シミュレーションをインハウスにしようとしてきた。そしてブルックリンのプロジェクトからは、施工もそこに含めようとしていたわけです。それで施工もずっと仕事を一緒にしているベンチャー企業に依頼して、SHoPからの関与を強めた。

そして、それにはデザインの自由度を高めたいのと同時に、もっと儲ける、収益性を高めるっていう動機もあった。別のプロジェクトではクライアントを内製化する、自らが投資家・開発業者になるっていうことをしていますが、それも同じ動機から発したものですね。ただ、施工者になること、開発業者になること、今のところはどちらもあまりうまくいっていないようです。

あと、ザハ・ハディドの事務所のコンピューテーショナル部門の場合。彼らはもちろん、ZHAの設計自体の合理化・最適化もする。そしてさらに、施工業者の合理化・最適化のコンサルテーションもしているらしいです。それによって、デザインの質と効率を上げるのと、事務所としての収益性向上の両方をやろうとしているわけです。そのために契約内容も特殊になっていて、要求されるデザインのレベルを一般的に法律で要求されるものよりも高くしている、と聞いたことがあります。

蒔苗: それはすごいですね!設計者としては新しいビジネスのやり方ではないでしょうか。施工にも食い込めるような仕組みを作っているんですね。

押山: 海外ならではっていう感じがしますね。

蒔苗: なぜ海外ならでは、という感じがするんですか?日本では難しいでしょうか。

押山: そう、日本では結構難しいと思うんです。まず、設計者側に施工のノウハウや情報があまり来ない。だから設計して見積もりを出すときに、施工者側からできないと言われたときに戦えないんですよね。

海外の場合は、建築についての責任範囲が全然違う。彼らも情報を持っている上で、契約で施工者と折り合いをつける仕組みが歴史的にある。だからさっきみたいなことができるんじゃないかな、っていう感じですね。

杉原: 私の考えでは、まずこれまであまりそういうことをしていない、という慣習の問題があります。もう一つは、施工者内部に3D担当の人材がいて、それで外部に依頼すると、なぜ内部を使わないんだ!という批判が起きたりするんじゃないかなと。その二つ、慣習と組織体制の問題があると思います。

石原: 他のやり方として、クオリティの高いものを作るために、業者としてここを使ってくださいという指定がされることはあります。例えば中国の物件で、図面の中の特記仕様書みたいな所に、ゲーリー・テクノロジーズくらいのBIMコンサル入れなきゃ駄目よ、という指定が書いてあったりするんですよ。そういうレベルの会社はあんまりないから、結局対象になるのがGTとSyntegrate・VICCしかいない、みたいなことが起きたりするんですけど。発注者からの条件の中に、コンサルタントのレベルについての指示があるのはそんなに珍しくないと思います。

林: 川口市のプロジェクトに参加していただいた型枠業者さんは、もともとPC用の鋼板の型枠を作る業者さんで、Rhinoを使うノウハウを持っていて、別の物件でも施工のモデリング補助をやった経験があったようです。それを知ったゼネコンの方に呼ばれて、物は作らない、部材の設計補助をするという形で入っていただきました。
ただ、今話題になってる契約的な問題って非常にグレーだとは思います。今後はそういうことが出てくるのかどうか。

蒔苗: 出席者の中では、林さんはオーソドックスな設計者に近い方だと思います。林さんからすると、そういう業務体制の変化は起こりそうでしょうか?

林: 私は現在もアトリエ事務所に所属していますが、小規模な事務所では人的リソースが非常に限られています。川口の物件でも、3Dをやってるのは僕だけという状況でした。そうした中で、例えば専門工事会社の立場から補助していただけるのはすごく助かります。自分のモデリング技術を超えて、施工者側で施工図を書く段階で最適化してくれるのは、僕としてはうれしい。日本でそういうことができるならすごくいいと思います。でもそれが広く普及していくかどうかは分からないですね。

蒔苗: なるほど。そして、さらに専門工事会社を3Dや情報の技術面で補助しているのが我々VICCなのだと思います。設計者からもらった形と、専門工事会社から頂く設計基準や情報をもとに、実現する方法を3Dモデルと情報で考える立場ですね。

今回は以上です。次回はVUILD社内での設計・施工の対話や設計事務所、モデリングソフト別の形のスタイルの違いなどに触れていきます。お楽しみに!

*1:川口市めぐりの森についての図版で記載ののないものは以下より引用した: 林盛, 他(2019) 「NURBS曲面モデルを用いた鉄筋コンクリート造の自由曲面屋根の施工プロセスと合理化」日本建築学会技術報告集 第 25 巻 第 60 号,935-940,2019 年 6 月 AIJ J. Technol. Des. Vol. 25, No.60, 935-940, Jun., 2019