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建築実務者なら知っておきたい幾何学のこと#1 「単曲面と複曲面」

複雑形状の建築物の設計サポートを業務のひとつとする弊社では近ごろ、曲面を用いた建築物を製造/施工可能な形状に最適化する案件が増えています。

Rhino+GHをはじめとする3DCADの普及により曲面形状の採用が容易になったことも、曲面建築増加の背景として考えられるのではないでしょうか。

それらの3DCADを用いることで私たちは、曲面の連続性やNURBS曲面の生成アルゴリズムなどの数学的/幾何学的な知識を持たずとも直感的に自由な曲面形状を作ることが出来てしまいます

しかし、実際に建設する建築物に曲面を用いる場合は、合理的な形状を実現するために押さえておくべきルールが存在します。

それらのルールのひとつとして今回は、曲面を用いた建築物の設計/製造/施工に関わる建築実務者が知っておくべき重要な曲面の分類「単曲面か複曲面か」について焦点を当て、その概念と実例を紹介したいと思います。

単曲面か複曲面か

なぜ「単曲面か複曲面か」が重要なのかを説明する前に、まずはその分類の定義について簡単に整理しようと思います。

少々乱暴ですが、「曲がっている方向が1方向のものが単曲面、それ以外のものが複曲面」と直感的な説明をしてしまっても建築実務においてはそこまで問題はないと思います。

もう少し詳細な定義については、下記で説明するガウス曲率という概念を用いて説明することができます。

図1

曲面S上のある点pにおいて、法線nを通る平面Rで曲面Sを切断したときに断面に現れる曲線をcとします(図1)。
曲線cの点pにおける曲率(曲線の曲がりの度合いを示す値)をkとすると、平面Rは法線nを軸に回転することで無数に存在するため、曲線cおよび曲率kも無数に存在します。
無数の曲率kの中での最大値k1と最小値k2を主曲率と呼びます。
k1,k2のときの曲線cをそれぞれc1,c2とすると、c1とc2は互いに直交します。
ガウス曲率Kは主曲率の積で定義されます(K=k1・k2)。

図2 (点pを各曲面の中央にとってc1,c2を図示した場合)

ここからが大切です。 曲面はガウス曲率の符号によって3つの場合に分類されます(図2)。

①c1,c2のいずれかが直線(主曲率=0)のとき、ガウス曲率は0(K=0)となり、平面の紙を曲げてできるような形状の曲面となります。
②c1,c2が同じ方向に凸のとき、ガウス曲率は正(K>0)となり、椀状の曲面となります。
③c1,c2が異なる方向に凸のとき、ガウス曲率は負(K<0)となり、鞍状の曲面となります。

①の場合(K=0)の曲面を単曲面(single curved surface)と呼び、
②,③の場合(K≠0)の曲面を複曲面(double curved surface)と呼びます*1

図3

一般的な自由曲面には、ガウス曲率が正の部分と負の部分の両方が存在する場合があります(図3)。

2次曲面や3次曲面と呼ぶのは避けるべき?

ところで建築業界では、単曲面/複曲面のことを指してそれぞれ2次曲面/3次曲面という言葉を慣習的に使うことが浸透しており、建築専門誌でも使用されているのを見かけることがあります。

おそらく「2次元の曲線を押し出したような曲面」/「3次元的に曲がっている曲面」といったふんわりとした意味合いでそれぞれを2次曲面/3次曲面と呼んでいるのではないでしょうか。

数学的に正しい定義としては、2次曲面(quadric surface)/3次曲面(cubic surface)という分類は図形を表す関数の次数によって決まるため、建築業界における慣習的な意味合いとは異なります。

建築実務の打ち合わせの場で曲面の次数を意識することはほとんど無いため、慣習的な使い方をしていても意味が通じるかもしれませんが、それでも関係者間でイメージする曲面の認識がズレてしまうことで不要な混乱を招いてしまうかもしれません。

揚げ足取りと思われるかもしれませんが、これらの複雑形状を扱う我々のような界隈ではその違いが特に業務上重要になってくるので、正しい曲面の呼び方がもっと広がればいいなと思います。

図4 (左:球体, 右:回転放物面)

ちなみに、ガウス曲率による分類と次数による分類はそれぞれ独立しているため、複曲面だからといって3次曲面であるというわけではありません。
球体や回転放物面などのように複曲面かつ2次曲面の曲面もあります(図4)。

単曲面と複曲面で製造コストが異なる

話を戻して、なぜ「単曲面か複曲面か」が建築実務の観点で重要かというと、曲面の種類によって建築部材の製造/施工コストが劇的に異なるからです。

米国のマーケティング情報サイトPriceonomicsによるFrank Gehry設計の建築物に関する記事には下記のような記述があります。

問題は、Gehry自身の手によって模型で作られるこれらの形状を実際に安定した建築物として建設することが挑戦的であるということだ。建設費も非常に高額になりやすい。板ガラスや板金のようなシート状の単位部材では、単曲面は平面の5倍、複曲面は単曲面のさらに5倍ものコストを要し得うる。
(The problem is that these gestural shapes are challenging to construct as actual, stable architecture. They also tend to be very expensive to build. For sheet materials such as glass or metal, a unit with double curvature (for example, shaped like a saddle or dome) can cost up to five times as much as one curved in a single direction (for example, shaped like a cone or cylinder), which, in turn, can cost up to five times as much as the flat material. )

[引用元: https://priceonomics.com/the-software-behind-frank-gehrys-geometrically/]

このように、複曲面を多用する複雑形状の建築物は一般的な建築物と比べて建設費が高額となってしまいます。

建築物の美学的なコンセプトを実現しつつも、なるべく複曲面を用いずに単曲面または平面の部材で構成して建設コストを合理化したいというのは自然な考えです。

図5 [引用元: https://wiki.mcneel.com/webinars/morpheus]

次に、Zaha Hadid事務所とファサードコンサルタントFrontとの協働プロジェクトであるマカオのMorpheus Hotelの事例を見てみましょう。

このプロジェクトでは建物の外周を鉄骨フレームの外骨格が取り囲んでおり、外装仕上げの板金カバーがそれらの鉄骨フレームを覆っています。
板金カバーは単位部材ごとに工場で製作され現場で取り付けられます。

注目すべきは、全体としては一見複雑に見える外骨格の形状のうち、見せ場である中央の孔周辺のみを複曲面とし、出隅部分は単曲面、それ以外の部分はすべて平面で構成している点です(図5)。

製造コストの大きな複曲面部分の割合を最小限にしつつ、単曲面と平面の部分はパターンを単純化して同一形状の部材の割合を最大化しています。

板金カバーの製造/施工には、複曲面部分とそれ意外で異なるサブコンを採用することで施工計画の合理化も行われています(図6左)。

また、板金カバーの単位部材全体の形状だけではなく、単位部材を構成する板金1枚1枚もなるべく複曲面の割合を最小化しようと努めています(図6右,図7)。

図6 [引用元: https://wiki.mcneel.com/webinars/morpheus]

図7 [引用元: https://wiki.mcneel.com/webinars/morpheus]

形状最適化とは

Morpheus Hotelの事例で行われたようなジオメトリの整理を形状最適化といいます。

建設業における形状最適化とは、目的の形状を合理的に実現するために幾何学的な工夫をすること、すなわち建築コンセプト実現と建設コスト合理化の両立のための方策であるといえます。

例えば、複曲面から単曲面または平面への近似/自由曲線から円弧または直線への近似であったり、形状の整理による部材種類数の最小化/同一形状部材の割合の最大化などによって、製造/施工コストを低減することなどが形状最適化にあたります。

もちろん、メッシュのリラクゼーションや曲面の曲率連続性の確保など、美学的な観点から行う幾何学的操作も含みます。

おわりに

今回は建築/ものづくり全般にとって大切な「単曲面と複曲面」という概念とその実例を紹介しました。

今回の内容を心に留めておけば建築実務において役立つこと間違い無しなうえ、街中で曲面に出くわしたときに友達に話す良いネタになるかもしれません。

また、弊社ではそんな形状最適化をはじめとした複雑形状の建築物の設計サポートを頑張っていますので、機会があればぜひよろしくお願いします。

参考文献
[1] Helmut Pottmann , Andreas Asperl , Michael Hofer , Axel Kilian . Architectural Geometry . Bentley Institute Press . 2007
[2] Rajaa Issa . Essential Mathematics for Computational Design (4th Edition) . Robert McNeel & Associates . 2019
[3] 舘知宏 . 複曲面/ねじれ面/単曲面 . 図学研究(日本図学会誌) . 2017 , 51巻 , 50thAnniversary号 , p.81-83 .
[4] 宮岡礼子 . 曲線と曲面の現代幾何学-入門から発展へ . 岩波書店 . 2019

*1:[3]によると図学における慣習的な曲面分類ではK<0の場合は複曲面には含まれていません。