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株式会社ヴィックの技術ブログです。

読書ブログ『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン 実績・省察・評価・総括』

 

 

Twitter/Xでも話題になっていたこの本、会社でも買って読んでみました。作品としてではなく、一つの映画製作プロジェクトとして、シン・エヴァンゲリオンを振り返った本です。

この映画の製作費は約30億円とのこと。その金額だけでもちょっとした建築には匹敵します。建設プロジェクトのサポートをする僕たちとしては、読んでおいた方がいいのかなと。

↓でも感想がいっぱい出ていますが、僕もぱらぱらと感想を書いてみたいと思います。

togetter.com

プロジェクトの振り返り本…類書があまりない?

この本の中でも触れられていますが、そもそもあんまり客観的な視点で、一つのプロジェクトの振り返りを行った本があまりないですよね。だから、そもそもこの本が出たことが素晴らしいことだな、と思いました。

ビジョンのあるシステムマネジメント

本書の中では、プロジェクトを成立させたものとして「システムマネジメント」にも触れられています。サーバーやデータの整理、使用頻度による格納場所の振り分け、データセンターの構築など、言ってみれば裏方の業務です。

このような裏方仕事は、裏方でない人たちには関心を持たれづらいものだと思います。この本の場合だと、作画など、製作そのものに関わる人たちがそれにあたるでしょうか。そのような人たちにとっては、システムマネジメントの仕事への印象は「よくわからないけどデータのダウンロードが遅いのは困るから、いい感じにしといてほしいな…」という程度のものでしょう(想像です)。

製作スタッフの皆さんがそのような認識なのは、何も間違っていないと思いますが、プロデューサーや監督が同じ認識だと困ったことが起きます。システムの整備にリソースが割かれず、結果として製作工程を圧迫することになるからです。

また、主体性をもち、全工程に責任をもって整備をする人の配置も欠かせないのではないかと思います。たとえば製作スタッフの皆さんが、本業の片手間でシステム整備を行うと、「彼らの範囲ではデータのやり取りが上手くいくが、監督や他工程の人のデータチェックにトラブルが起きる」みたいなことが起きがちです。片手間ではなく、仕事全体に目を届かせてシステムを整備する、専門の人の存在が欠かせないと思います。

この本からは、製作のトップ(庵野監督)がシステムマネジメントの必要性をおそらく理解し、スタッフ(おそらくこの本の作者の方?)が独立した業務として「作品の完成に貢献するシステムマネジメント」というビジョンを設定し、主体性と責任をもってシステムを整備しているのが素晴らしいと思いました。

我々の会社はまさに「建築の完成に貢献するプロジェクト/システムマネジメント」をしたいので、共感するところも大きかったです。

blog.vicc.jp

やはり体制はプロジェクトの性質を決める

この本からは、庵野監督がプロジェクト遂行の文字通り「中枢」であったことがわかります。彼に係る負担は凄いものです。本書内にありますが、彼が修正したカット数は1.5万に上るとのこと。また、すべての質疑に対して24時間に返事することを自らに課していたという記述もあります。このような膨大なコミットにより、集団製作であるにも関わらず、シン・エヴァンゲリオンが「庵野の作品に「成っていった」」(本書p115)という言葉は非常に印象的です。

また、彼の意図を実現すべく、プロジェクトのすべてが設計されています。本作では可能な限りの試行錯誤を許すよう、Virtual Cameraシステム等の様々な開発・工夫がなされています。冒頭で述べたシステムマネジメントもその一環でしょう。そこにはある程度以上のお金もかかったはずです。

そのようなお金の配分を可能にしたのは、株式会社カラーがこの映画の資金すべてを出資し、独立して製作を行ったからだということも本書からはわかります。ライセンス収入や各種投資で、カラーの財務状況は良好であったことが書籍から読み取れます(30億円かけた映画がコケてもすぐにはつぶれない程度に)。

やはりプロジェクトには、その体制づくりや仕組みづくりが決定的に影響するのだな、とこの本を通して思いました。冒頭で「この本には類書があまりない」と書きましたが、そもそもこの本が出たのも、プロジェクトを出資・統括していたのがカラー一社だったからなのでしょう。

建設も含めたほとんどのプロジェクトでは、最中に行われる作業に必死で、体制(誰が決めるのか、誰がお金を出しているのか)に目が向かないことがほとんどだと思います。そもそも途中から体制をいじれるプロジェクトはほとんどありません。だからこそ、自分がプロジェクトに加わるとき、プロジェクトを立ち上げる時には注意を払いたいものだと思います。

おススメです

以上の感想の他にも、様々な見どころがある本でした。絵コンテや作画修正の実例、ピーク時の監督や奥さん(安野モヨコさん)からの差し入れの内容、庵野監督のAI観にまで触れられていて、映画を観た人には当然のごとくおススメできる本です。ぜひ読んでみてください。