現在、世界的にデータセンターの需要が急激に高まっています。この背景には、クラウドサービスの普及、生成AI(ジェネレーティブAI)やビッグデータ解析の進展、リモートワークの普及、そして5G技術によるデータ通信量の増加など、複数の要因があります。特に日本国内では、これらの世界的なトレンドに加え、ガバメントクラウドの推進やセキュリティ要件の強化、災害リスクへの対応など、日本独自の要因がデータセンター需要をさらに加速させています。
設計事務所がこの成長する市場で新たなビジネスチャンスを掴むためには、データセンターの設計におけるBIM(Building Information Modeling)の活用が重要なカギとなります。特に、ガバメントクラウドの導入が進む中、データセンターの信頼性やセキュリティ対策が一層求められるため、BIMを活用した正確で効率的な設計が必須です。
今回から数回に分けて、設計事務所がBIMを活用することで、どのようにデータセンター設計の質を高め、競争力を確保できるかを解説します。今回は第1回、概要編です。
データセンターというプロジェクトの特性
単純な外観と複雑な設備
単純な四角い箱に見えるデータセンターは、サーバーラック、冷却システム、電源供給、配線・ネットワークなど、非常に複雑な設備が密集している施設です。これらの要素が正確に設計・配置されなければ、運用中のトラブルや効率低下が発生するリスクが高まります。建築物の外観は物流倉庫にも似ていますが、内部の複雑さは製薬施設や放送施設などと同様に設備がヘビーな部類に入ります。一方、滞在する人員が少ない点は特徴的です。
エネルギー効率の最適化
データセンターは膨大なエネルギーを消費する施設であり、特に冷却システムの設計と電力供給システムの最適化が、運用コストの削減や施設の長期的なサステナビリティに直結します。特に排熱の処理は特徴的な課題になります。
データセンターのライフサイクル管理
生産施設は一般的に一定の頻度でメンテナンスや設備の更新が行われます。特に、データセンターのように技術が進化する分野では、常に最新の設備にアップグレードすることが求められます。また、大型の機材を搬入したり据え付けるための出入口やスペースが確保される必要があります。これらの更新作業を計画、記録するために備品台帳や既存建屋の情報が重要になります。
日本市場におけるデータセンター
ガバメントクラウドを狙う外国資本の投資
ガバメントクラウドは、日本政府が推進する行政データの安全かつ効率的な運用を実現するためのクラウドインフラです。データの国内保管が義務付けられており、高いセキュリティレベルを維持することが求められます。データセンター整備において、外資IT企業も日本に進出しなければいけない理由の一つが、ガバメントクラウドの存在です。
法的要件への対応
日本国内では、個人情報保護法やGDPR(EUの個人情報保護法制)などの法的規制に対応するため、民間企業の扱うデータも保管場所やセキュリティが厳しく管理されています。特にデータが国外に保存される場合、法的リスクが高まるため、国内での安全なデータ保管が求められています。
通信速度の向上を意図した外資の日本進出
たとえ国内にデータセンターを設置することが義務になっていないとしても、物理的な距離が遠くなることで通信遅延が発生するため、利用者の近くにデータセンターを設置することは通信速度の向上に役立ちます。少子化が進行しているとはいえ1億人の消費者を抱える日本市場は、アメリカ資本を中心とする主要なIT企業にとってもデータセンターを設置するに値する投資対象です。
災害リスクへの対応
上記のような理由から、国内にデータセンターを設置することになるわけですが、日本は災害リスクが高く、事業継続計画(BCP)の一環として、災害対策が不可欠です。地震や台風などの自然災害を想定し、データセンターもそれに対応した設計が必要です。特に、ガバメントクラウドの運用に関わるデータセンターは、災害時でも行政サービスが停止しないような高度な耐障害性が求められます。
需給バランスと今後の展望
当面、DXの推進など需要が増える要素が大きく、人口減少による市場の縮小や供給量の一服感が出るまでには時間がかかりそうです。また、一定期間が経過した後は設備更新や建屋の改築など改修需要が出てくることも予期されます。
BIM活用が設計事務所に与えるビジネスチャンス
さて、ここまで見てきたデータセンターの特性を配慮して、設計事務所が設計業務を受託する際に重要な役割を果たすのがBIMです。他の建物種別に対して、データセンターは事業主からBIMを利用することを前提とした要望がEIR(情報交換要件)*1として出される傾向があります。
高いレベルでの総合調整の実行
BIMを使用することで、データセンター内の設備と建築・構造を3次元モデルで統合し、設計の段階で確認できます。これにより、設備の干渉や施工上の課題を未然に防ぐことができ、設計の精度が大幅に向上します。特にデータセンターのように設備が密集している場合、BIMを活用した事前シミュレーションは不可欠です。事業主からもいわゆる3Dコーディネーション(3次元での総合調整)が求められます。IT企業ゆえなのか、一般の不動産事業者などの事業主と比較して干渉チェックを数値的な管理手法として重視する傾向が強い印象があります。
セキュリティ計画の向上
BIMを使用することで、セキュリティ設備(監視カメラ、アクセス制限システム、侵入防止措置など)の設置場所や設計をシミュレーションし、施設全体のセキュリティを視覚的に管理できます。平面情報だけではなく3次元的な死角の検証ができる意義は大きいものがあります。
FM情報の提供
BIMは、施設のライフサイクル全体を通して重要な役割を果たします。直接的にBIMモデルを参照しないとしても、機器台帳やCAFM(FM支援ソフト)の初期設定に利用される情報をBIMから書き出す要望がしばしば事業主から出されます。これにより、建設後もデータセンター内の設備やインフラの状況を正確に把握し、設備の更新やメンテナンスを効率的に行うことができます。例えば、設備の故障リスクを最小限に抑えるための予防保全や、設備拡張に伴うレイアウト変更も機器台帳やBIMモデルを基に迅速に行えます。台帳への入力を手作業で行うことは人為的ミスも多く、労務負荷も多大であるため、BIMによる効率化が期待されます。IT企業が事業主となるデータセンターは、他の生産施設と比較してもFM情報の提供とそのためのBIM活用の要望は強く出されます。
今回のまとめ
データセンター需要が世界的に高まる中、ガバメントクラウドへの対応や通信速度の向上を狙って日本国内のデータセンター建設の重要性も増しています。設計事務所にとって、BIMはデータセンター設計の質を向上させるために不可欠なツールです。BIMを活用することで、複雑な設備を含んだ設計、セキュリティ対策、FM情報の提供に対応し、クライアントに対して信頼性の高いデータセンターを設計できるだけでなく、FM関連の新しいサービスメニューを提供できます。
BIMの導入は、設計事務所が日本市場における新しいビジネスチャンスを掴み、次世代のデータセンター設計において競争力を確保するための鍵となります。
次回以降に書こうと思っている話題を挙げておきます。コメントいただければできる範囲で盛り込みます。
- 外資ITというオーナーとの向き合い方
- EIRから始まるBIM実行計画とBEP
- FMとの接続(外資系事業者はAIRがあるよね)
- SSoTとRevitを利用した実現
- 取り合い調整以外のBIMの用途(3Dモデルだけじゃないよ)
(続く)
*1:EIR という言葉の説明はこちらの記事など参考にしてください。
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