鳥取県立美術館での松田さんとの座談会最終回です!
参加者
松田浩幸さん:株式会社槇総合計画事務所所属。鳥取県立美術館の設計及び工事監理主担当。
渡辺健児:ヴィック代表。最近はサウナ巡りにハマっている。
松谷一樹:ヴィック所属。最近休日は近くの図書館でのんびり過ごしがち。
有澤雄介:ヴィック所属、東洋大学非常勤講師。休日はデッサンしつつ市営プールに行ってダイエットをしようと目論んでいる(だけ)。
照井悠大:ヴィック所属、昨年ヴィックに加入。最近ブルーピリオドを一気読みした。
松田:空間のお話をすると、1階にいる時って皆さん上見上げてたの覚えてますか?1階にいると上階の様子が分かるように気積が大きい空間になっています。高揚感も上がるし、オープンさ、開放性というのも非常に感じるようになる。それはでも美術館として本当にふさわしいか。美術品を観る時って静かな落ち着いた空間で観たいですね。
少なくとも飾る側は、象徴性や権威性っていうのをやっぱり求めるわけです。県立美術館に自分の作品が飾られるんだっていうある種のステータスですよね。そういうものを維持することは大切だと思っています。そのために1階から3階までずっと上がってくると天井の高さを低くして抑圧された空間にしています。
天井内を見てもらうと全面に吸音材を施しています。そうすると1階だとちょっと声とかが反響するけれども、3階に上がってくるとグラデーショナルに静粛性が上がるんです。
気積も小さくなって天井高さが低いので圧迫される。そして木格子の濃い色味が近くなりさらに抑圧的になってくる。ここで少し気を落ち着けるような、そういう空間の作り方になります。
渡辺:まさにそうなっていますね。
松田:それが故に開放性の高いゾーンに目が向くと自然とこのひろまや美術館の下でやっているアクティビティに目が向くという狙いがあります。
そして2750mmの天井高さから、展示室の方に入っていくと5000mmの天井高が変わるのでまた気分が高揚していく。
そこで1時間なり1時間半なり自分の見たい企画展の高揚した状態になるわけですよね。
展示室から出てくると、バーンと大きな開口から倉吉の緑がバーンと目に飛び込んでくる。
そういうコントラスト、メリハリをつけるというのをやっています。
渡辺:視線の抜けた先に必ず開口を取っていますね。
松田:ここもね、重要なんですよ。これが壁になっていて、何もないと向こうから見た時にここに喜びがないんです。 この1500角の明りとりがあるというのがすごい効いています。 開口がないとEVから降りたスペースが行き止まりになってしまいます。 いかにもバックヤードの通路みたいな。 ここに開口があることで、ここからエントランスのウェルカムアートが見えたりとか、バス停の横にある作品が見えたり、街の緑が見えたり、 下の1階の様子もすこし見えて色んな様子を感じられるんです。
渡辺:確かに、普通の家並みが見えるのがいいなと思います。地元の人が来たら誇りに思うじゃないですか。自分たちの街に対してとか。
松田:そうなんです。そこが大事だと思います。
それでは企画展示室にいきますか。
渡辺:これは広いな!何もないからかもしれないですが、これは広い。
あんまりこんな広い展示室ってないですよね。
松田:そうなんです、ここは上野の国立博物館の学芸員の方が調査に来た時に案内したら、こんなに大きいの見たことないって仰ってましたね。 全国各地の美術館、博物館巡ってますという方にも、こんな大きいんですかと言われるほどです(笑)。
渡辺:これはプログラム上、やっぱりこの広さが要求されてたってことですね。
松田:そうですね。要求されていました。ここは企画展示室なんですけど、その年間20万人を対象としたお部屋なんです。 その下のフロアではパーマネントコレクション(県が収集しているコレクション)の常設展なので、企画展と比べると収益が上がらないんですよ。
渡辺:常設展は場合によってはスルーしてしまう時がありますしね。
松田:それよりもチラシとかに載っている恐竜展とか、ゴッホ来たよとか、ルノアール来たよとかをみて、じゃあ家族で観に行こうかって流れが多いと思うんです。 おじいちゃんおばあちゃんとか彼女とか。チラシに載ってる展示が目玉になり、そこで収益をあげるというのが日本の美術館の現状のビジネスモデルの課題です。
ヨーロッパだとまたちょっと違って、パーマネントコレクションに対して、寄付が来るんですよ。プライベートミュージアムがアメリカとかヨーロッパは多くて、寄付金が大きいじゃないですか。入館料でだけでペイしないんですよ。
渡辺:そうですよね。なんなら入館料も無料ですよね。ただドネーションの箱が置いてあるのを見かけます。
松田:仰る通りドネーションが大きいんですよ。ドネーションとさらにもっと大きい寄付っていうのがあります。向こうの人たちは本当にびっくりする富豪がいらっしゃって、ミュージアムに対するパトロンがいるんですよね。
そのパトロンにとっては、パーマネントコレクションこそがすごく価値があるので、ヨーロッパとかアメリカはパーマネントコレクションがすごく充実する傾向にあります。
そこが日本の美術館と欧米の美術館との仕組みの違いだと思っています。日本の場合はこの場がいかにフレキシビリティが高いかが重要になってきます。
現代美術は多様化しているのもあり、今後何十年後経っても展示型から体験型のようなイベントスぺースとしても様々な用途で活用できるよう考えたのがこのお部屋なんです。
渡辺:今一度我々のつくったパースと見比べてみて思ったのですが、パースでこういう空間のアングルを作る時ってかなり広角にしないとどうしても、壁が3面入らないとかっていうのがあって、
パースだと超広角にしてしまいがちなのですが、この場所に立ってみると、この空間が本当に広いんだなと思いました。
パースを作っている時は、こんなに広いとは少し分からなかったですね。
松田:実際、パースのような使い方はレアケースになりそうですね。展示方法としては一般的な可動の間仕切りでワンウェイでの動線づくりで構成することが多いとは思います。 それらがこの展示室の特徴ですね。
この展示室までどうやって人をすんなりと、しかもドラマティカルに導くかというのがすごく大きいテーマでした。 ただ単に開放的でオープンな建物にするとすごく凡庸な漠然とした空間になりがちなんだけれども、様々な空間をつくり、展示室に行きつくまでを物語のようなシークエンスにしたい、かつ外との繋がりがある場にするのはとてもチャレンジしたことだと思います。
渡辺:ただこれだけ様々なプログラムが内包されて、適切に配置計画されているからこれまでのお話しや、体験を通して難しくないと感じました。
松田:そうですね。このエスカレーターが重要で、ドーンとわかりやすくあるおかげで入場者が上がってきてくれると思います。
松田:次は3階のデッキになります。
渡辺:ここもいいですね。光が優しい。
松田:手すりの話をすると、デザインにモチーフがあるんです。
西側に旧市街地があるんです。
鎌倉とか川越とか金沢みたいな、歴史保存地区伝統建築物保存地域というんですけど。
商家っていうのは二つ特徴があり、大通りの路面に面して税金が決まるので間口が狭いんですよ。
そうすると奥に長い町屋の構造になります。
もう一つ特徴なのが、その路面に面して格子を作って見世を出すんです。
それがこの手すりのモチーフになっています。
この手すりはただの縦子じゃないんです。
ここでは座った時に、その格子の上の300角の正方形が風景を邪魔をせずにちょうど抜けるように計算しています。
渡辺:こんなにも気持ちいいすっきりとしたディテールの手すりは見たことない。
松田:ディテールのお話で言うと、手すりは鉄なのである程度鉄の伸び縮み、熱伸びとかがあったりするので、 ジョイントを取らなきゃいけないけれどもこれは下から止めてるんですね。 熱伸びを吸収するためにルーズホールを切ってるんです。 職人さんには初めはビス抜けますよと言われたりもしましたが、 モックアップを作って検証しました。
渡辺:先ほどと同じようにスケールの話ですね。 都市のエレメントからモチーフの構想を経て、こんな細かいディティールまでやりきるというのは冒頭に仰っていた、槇事務所の皆さんが様々なスケールを本当にしっかり持っているということだと思います。
松田:街の話を少ししましょうか。今3階にいるじゃないですか、1階にいた時には1階の広間と大御堂廃寺跡って連続する床のような錯覚を感覚的に持つんですよね。 床の仕上げが全然違うフローリングと芝にもかかわらず、なんとなく一体のフィールドかなっていう感覚を覚えるようにわざと作っています。 3階のここまでくるとさすがに大御堂廃寺とは一体性は全然感じないですね。でも、ここはこの街の風景とその背景の山緑に目が行く。しかもその緑はどういう緑かっていうと、その辺にある樹木の葉っぱと同じスケール感でずーっと後ろに続いていき、それが風景を形成している。
例えば、東京で見る山ってブルーのシルエットの山塊じゃないですか。それはやはり雄大で素晴らしい情景だと思いますが、この自分の家の裏山が風景の一部を成していて、それが空とつながっていくようなシーンを描いているというのは、このまちに暮らす方々にとって非常に価値があり、世界に誇るべき里山の風景だと思います。
2階に行くとまた違う感覚があるので、 それが最初の何百分の1っていうスケールのお話とそこからずっとブレイクしているというのがよく分かりますね。 ちょっと都市的な高い視点なので、都市的なお話ばっかりが目に入る視点ですけれど、 下に行くとまたちょっと変わるということです。
※屋上の外部階段を下りる途中で水切りを見ながら
松田:こういう構成的なシンプルな建物は汚れがすごく気になるんですよね。 なので雨が落ちた時に雨だれがここに行かないようにこれも片方に溶接してて、熱伸び吸収してるんですけど、 水はそっちに回らないように下にちゃんといくようにしています。
松田:2階のテラスのここからは芝生のほうで遊んでいる子供たちや、 グランドゴルフをしている地域のおじいちゃんおばあちゃん方を眺める場所になります。 お母さん方が喋りながら待ってるようなゾーンでもいいし、 ここから声かけてナイスショットだよと向こうまで掛け声をかけたりとかそういう場所なんです。 だから美術館とは全然関係なくて、日常の家の縁側のような使われ方になればよいと思っています。
松田:対して、イベントの時は逆にこちらのテラスに舞台を組んで、芝生側が観客席になります。
将来的にはここでプロジェクションマッピングとかのイベントもあればいいなと思っています。
実際の建物でも場所に応じたスケール感というものが空間特性として備わっているかもしれないですね。
外では外で感じるスケール感があり、1階の吹き抜けにいる時は吹き抜けの大きいスケールで空間を感じて、
3階に行くともっと小さいスケールで2750mmの空間を体験する。
場所ごとで生じるスケール感の違いというものが感覚に非常に大きい効果をもたらすと思っています。
槇が一番喜ぶのは作った建物が実際に愛されて使われていくことだと思いますし、本当に心からそれを望んでいる方だったのでそうなってくれたらよいなと思っています。
渡辺:本当に素晴らしい建築体験でした。開館して日常になった時にまた伺いたいと思います。大変貴重なお時間ありがとうございました。
一同:ありがとうございました。
松谷あとがき
コンペ時にかかわった案件を実際に訪れ体感できたことはとても有意義な時間でした。
実際に訪れる前、飛行機で鳥取に向かいながらコンペ時にアングルを探っていたときを思い出していました。
当時、そもそも建築が美しいプロポーションを持っているのであっさりと、合格点のようなアングルは撮れたように思ったあとすぐにそれは僕の技量ではなく、建築が待つ力であるとアングルの模索の中で痛感しとても緊張感をもって臨んでいたことを思い出します。
今回3Dモデルでアングルを探す時間と同じように建築を巡り、移り変わる建物の現れる線と面の構成はやはり繊細かつダイナミックで美しかったです。ですが、3Dだけでは感じられていなかった点や見落としていた点がありました。それは実際の建物がとても優しく空間体験が穏やかであったことです。それは都市レベルから細部のディテールまで落とし込み、考えに考え抜かれているからこそ、街や人に寄りそうような優しい建築が生まれるのだなぁとしみじみ感じました。3Dをぐるぐるを触っているだけでは気がつかない体験がやはりあります。
これから生まれるであろう建築の情景を豊かに表現できるように、様々な建築に出向き体感したいと改めて実感した素晴らしい機会でした。槇事務所松田様、このような経験をさせていただき本当にありがとうございました。
渡辺あとがき
2008年にロンドンから帰国してすぐにパース製作の仕事を頂いたのが幸運にも槇事務所でした。その後、多くの案件でビジュアル制作を担当させて頂き、弊社の社歴を振り返ると間違いなく最も重要なクライアントの1人と言えます。建築教育を受けていない私にとって、槇さんはとてつもない大きな存在でしたが、そんな私にも分かりやすい言葉で話しかけていただき、フラットな関係性を大切にされていることに大きな感銘を受けると同時に、槇建築の表現を担うという途方もない責任も毎回感じて仕事に望んでいました。
代官山の槇事務所に打合せにいくと、適度な緊張感とともに、どこか寛容的な独特な雰囲気があり、それは今回の鳥取県立美術館にも感じることができました。周辺のコンテクストとの関係性を大切にし、様々な存在やアクティビティを許容しながらも、それらを大屋根でやさしく束ねている。松田さんの説明とともに美術館を体験したあとに、この建築と槇さんが自然に重なりました。
槇建築に関われたことを本当に嬉しく思います。