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株式会社ヴィックの技術ブログです。

慶應SFC「建築技術論」5年間の実践と、次に見据えるテーマ

私と蒔苗で慶應義塾大学SFCの「建築技術論」を担当して、今年で5年になります。この授業を始めるきっかけをくださったのは、当時慶應SFCの教授の池田靖史先生でした。カリキュラムの構成について特別な要望はなく、「建築技術をどう伝えるか」という大きなテーマだけを託されました。そこで私たちは社内で議論を重ね、大学の建築教育における必修ともいえる建築構法を中心に据え、そこに情報技術・デジタル技術・最新テクノロジーを掛け合わせる授業を構想しました。

今の建築教育ではソフトウェアの使い方を学ぶ授業はすでに数多くあります。しかし、多くが技術そのものの理解に重きが置かれ、「その技術がどんな場面で、どのように使われるべきか」「なぜそれが必要なのか」といった点は重視されません。実務の世界でも、デジタル技術を正しく活用するための基礎理解や構造的な視座が欠けていることを強く感じます。その状況を変えるためにも、大学教育の段階で「技術と構法の関係性」を学ぶ機会をつくりたいと考えました。


講義パート:建築構法を軸に、技術の使われ方を考える

授業は講義と演習の二部構成で、1限の講義を私が、2限の演習を蒔苗が担当します。履修者は毎年20-30名ほどで、SFCでは学部生も大学院科目として履修できます。

講義では、まず従来の建築構法を丁寧に伝えます。
内田祥哉先生の『建築構法』や松村秀一先生『3D図解による建築構法』を参照しながら、RC造・鉄骨造・木造という建築を支える根幹の構法に触れ、その特性と合理性を構造・材料・施工の観点から整理していきます。

RC造:キャンデラから現代の技術へ

たとえばRC造の講義では、まず素材としてのRCの特徴やつくられ方を押さえた上で、「シェル構造」を取り上げます。フェリックス・キャンデラの作品を例に、なぜメキシコという場所で薄いコンクリートシェルが成立したのかを、当時の経済状況(材料は高価、人件費は安価)といった背景も含めてひも解きます。これらの背景を学ぶことで、構法が社会的に規定されることを理解できるようにしています。

そして、川口めぐりの森、Mesh Mould Prefabrication 等の事例から、現代のデジタル技術を用いた RC 曲面の作り方を概観しました。また、RC の 3D プリントの動向にも触れました。

授業のまとめとして、デジタル技術によってカンデラのシェル構造の更新を試みた、ZHA/Block Research Group の「Knit Candela」を紹介しています。

鉄骨造・木造・外装へと広がる構法理解

鉄骨造や木造でも同様に、素材の特性・接合方法・施工性などを学びながら、最新テクノロジーがどのように構法をアップデートし得るかを考えます。
後半ではガラスや木など外装の構法を取り上げ、実物では試しにくい複雑な納まりや加工を、デジタル上でどのように検討できるかを学びます。


演習パート:構法をデジタルで再構築する経験

演習では、講義で扱った建築を対象にRhinoceros と Grasshopperを用いて3Dモデルを作成します。
たとえばキャンデラのシェル構造をモデリングすると、形が線織面であること、ゆえに型枠が直線的な木材で製作可能なことを直感的に理解できます。かつては膨大な経験と、少ない情報を元にした想像によってしか理解できなかった建築が、今は3Dモデルとして手元のPCで形を確認することができる。この再構築の体験が、学生の理解を大きく深めます。

私はよく「ある時代に成立しなくなった建築が、デジタル技術で再び成立する可能性がある。私たちは面白い時代に生きている」と話します。さらに近年ではAIの急速な発展により、技術と建築の関係は毎年変わり続け、予測が追いつかないほどです。しかし、学生が「技術」の勘所を学ぶことは、この先のどの未来にも役立つはずです。


5年間の成果と、次に考えるべきテーマ

この授業を5年間続ける中で、成果を感じています。
学生の多くが「ただソフトを使えるようになる」のではなく、技術をどう捉え、どう使うべきかという原理に触れ、デジタル技術を手段として使いこなす姿勢を育ててくれています。建設業界で正しくBIMやデジタル技術を使うには、この基礎が不可欠です。

そして、今後さらに重要になると感じているテーマがあります:

デジタル技術・情報技術 × 制度・社会システム をセットで教える

現在の建設業界では、旧来の発注構造・分業・契約の枠組みのままBIMを導入しようとするため、結果として技術の効用を最大化できず、「BIMは余計な手間」と捉えられるケースすらあります。
問題は技術そのものではなく、技術が最大限活きるよう枠組み側が変わっていないことにあると、多くの現場で痛感します。

また、BIMの効果を最大限にするためのプロジェクトマネジメントの視点もまだ足りていないと感じています。BIMマネジャーというタイトルに要求される業務内容の共通認識が日本では定まっていません。

今年登壇した芝浦工大でのDfMAシンポジウムでも、蟹澤宏剛先生、志手一哉先生、東京電機大学の小笠原正豊先生らと同じ議論になりました。私たちが関わるプロジェクトでも、BIMの成果が出にくい理由は制度と技術のギャップと、マネジメントスキルの欠如にあることが少なくありません。

蒸気機関による動力の獲得が第一次産業革命をもたらし、電気機器の発明が微細な制御や大量生産を可能にした第二次産業革命を生み、さらに電算機の発明が自動化を促し第三次産業革命をもたらしました。これらはいずれも産業構造を大きく変え、社会の仕組みそのものにも影響を及ぼしました。デジタル技術による第四次産業革命も、本来であれば構造変革を伴うべきものです。しかし、日本の建設業界では、この構造転換が極めて遅れていると言わざるを得ません。構造を変えることに慎重であるという文化的背景もありますが、このままでは技術の恩恵を十分に享受することはできません。仮に構造が変わったとして、個別の技術を新しい枠組み・構造に活かしていくマネジメントスキルが絶対に必要です。

だからこそ、あるべき枠組みを提案する視点を私たち自身が持ち、それを学生に伝えられるような授業を作れれば、さらに建設産業を前に進められるのではと思います。


最後に

建築構法というものの成り立ちを学び、デジタルでつくり方を更新し、さらに制度という業界の枠組みまで含めて考える。
この三層を往復する思考こそ、これからの建築をつくるための土台になると信じています。

SFCでの5年間、教育現場で試行錯誤を重ねてきた経験は、私にとってかけがえのない財産となりました。「建築構法 × デジタル技術」という切り口は、学生にとっても非常に有効であり、今後も内容をアップデートしながら継続していきたいと考えています。

一方で、最近はその先にあるもう一段深いテーマ、すなわち 「技術 × 制度 × マネジメント」 の視点でも教育の場を持ちたいという思いが強くなってきました。現場で実際に悪戦苦闘しながら前に進んでいるヴィックだからこそ見えるもの、伝えられるリアリティがあると感じています。

もし、そのようなテーマで講義や議論の機会をいただけるのであれば、ぜひ挑戦してみたいと思っています。